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福岡高等裁判所 昭和51年(う)654号 判決 1977年3月16日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は要するに、本件かかとを踏みしゃいだ状態の布製靴は車両運転中に足から脱げるおそれがないのであるから、福岡県道路交通法施行細則一四条四号にいう「げた、スリッパその他運転操作を妨げるおそれのあるはき物」に該当せず、被告人は無罪であるというものである。

そこで考えるに、右細則一四条が「げた、スリッパその他運転操作を妨げるおそれのあるはき物」を禁止する所以は、げた、スリッパの如きは運転者の足に対して固着性を欠き脱げやすいため運転者はとかく、このようなはき物の離脱に注意を奪われがちであるが、そうでなくても、特に急制動、急転把を要するときには、このようなはき物の離脱に注意を奪われたり、実際にこのようなはき物が離脱したりしてブレーキペダルや変速ペダルの操作に過誤を生ずるおそれがあり、しかも、急制動の措置は寸刻を争い、その措置を誤るときは直ちに人命にもかかわる事故を惹起することともなることに鑑み、道路における交通の安全を確保しようとして、蓋然的にせよ危険発生のおそれあるはき物としてこれが着用を取締り、もって運転者としての交通上の事故発生を未然に防止するに萬全を期そうとする趣旨と解されるのであるから、「げた、スリッパその他運転操作を妨げるおそれのあるはき物」とは、結局は、個々具体的をなはき物の形状を前記の趣旨に照らして客観的に判断して、げた、スリッパ同様に足に対して固着性を欠き、運転操作の過程において離脱などの不安定な状態を作りだすおそれのあるはき物を指称するものというべきであり、従ってまた、或る種のはき物を用いての運転が、これまで支障なく継続されたことのゆえをもって、或いはまた、運転者の主観によって運転操作に支障なしと判断されるがゆえをもって、直ちに、当該はき物を前記細則にいう「運転操作を妨げるおそれのあるはき物」に該当しないと解することは許されない。

そこで所論に鑑み、本件記録及び証拠を検討するに、原判決挙示の証拠を総合すると、本件かかとを踏みしゃいだ状態の布製靴を車両運転時に着用するときは、その形状からして、運転者の足に対して固着性弱く、有事の際に離脱するおそれがあることは原判示のとおりであるから、原判決がその挙示の証拠によって認めえられる原判示事実に対し原判示法条を適用したのは正当であり、原判決には事実誤認や法令の解釈、適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淵上壽 裁判官 井野三郎 田尻惟敏)

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